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10年

久しぶりにしっかりブログを書いてみます。このブログは11月17日に書き始めていますが、投稿は別日になるかもしれません。ただ思うままに書いてみます。

※結果まとまりのない超長文になりました(笑)予めご了承下さい。


ハーディングフェーレを学び始めて10年が経ちました。

まずはこれまで関わって下さった皆様に心よりお礼を申し上げます。


10年前の2015年11月17日、ノルウェーへ旅立ちました。

ハーディングフェーレという私にとってはまだまだ未知で新たな道を作ってくれた楽器を学ぶために。ヴァイオリン職人を志して単身イギリスへ渡った2007年、4年学んで、修行して就職して…

いつしか仕事も私生活にも慣れて楽しくて…でもこのままでは先へは進めないと悩んでいたのは今でも良く覚えています。

そして見つけたこの道は先が全く見えなくて、不安で、でもこのままではダメで…多分人生一悩んだ進路だと思います。好奇心と背中を押してくれた人たち、日本の奏者さんのために、ハーディングフェーレ職人になったら是非作ってくださいとその頃から言ってくれていた作曲家の光田康典さんとフィドラー酒井絵美さん、それらの後押しの勢いだけで飛び出したような気がします。

「正直こんなに長く続くとは思わなかった…」とは思わないけど、でもよく続けて来られたなとは思う。なんか似てる言葉なんだけど感覚としては違うんですよね。


この10年はどんな歳月でしたか?

と問われると、ん~なんでしょう?色んな表現が出来る気はしますが、パッと思い付くハッキリ言えることは、この道に進んで良かったという事です。この楽器のおかげで、普通は出来ない本当に色んな出会いと経験がありました。これは決してヴァイオリン職人では…という意味ではないです。僕にとってヴァイオリン職人の技術は今も大きな基盤で、この道に進んでなかったら今の自分は100%ないので。この両方のおかげです。

最初はとにかく新しい生活と目の前の学べる事が多かったので、不安など消えてただ楽しい日々でした。毎日師匠のOttarと工房で過ごして、Ottarのご家族とも仲良くなって、いつしかたまにご夫婦で夜お出かけしたい時に、私が代わりに子供の面倒を見るためにご自宅でお留守番してたり…それくらい信頼をしてくれるようになったのも嬉しかったですね。

Ottarがインタビューで「ケイスケは僕のセカンドワイフだよ」って言ったことは今でもやり取りする時に僕が「Hello Darling! 」で始まって「Best Regards Your second wife, Keisuke」って最後に言って、「Hei, my second wife!」で返事来るのがあるあるになってます(笑)

…なんか書きながら色々思い出してきて、ついつい喋っている感覚で書いちゃいます(笑)


ハーディングフェーレという楽器に惹かれたものの、正直最初は音楽の方はさっぱりで…本当によくわかんなかったんです(笑)リズムもメロディーも今まで聴いてきたアイリッシュ、シェットランド、ケープブレトン、フレンチカナディアンとかとは全然違うし…わ~これ本当に好きになれるのかな?って思ってました。

ただ日々工房でOttarの試奏や練習などを毎日音を聞いてて自然と馴染んできて、いつしか違和感なく聴けるようになったんですよね。でも演奏は全然学ぶ機会もなくてほとんどやってなかったんです。ひたすら製作と修理を学ぶ日々。

そんなある日、時折工房に遊びに来てた趣味でハーディングフェーレやってて、スペルマンスラグにも所属していたおじさんが仕事の事故で指を1本失ってしまったんですね。それがきっかけで演奏が出来なくなり、おじさんの代わりになればと思い、スペルマンスラグに入って本格的にノルウェー語分からないながらも頑張って練習するようになりました。そこからちょっとずつ弾けるようになった…と言ってもド下手でしたけどね。今は多少マシかもと思いますが、やっぱうまい人の演奏聴くと、こう弾けてないな~と思うばかりです。


脱線しちゃったけど、ノルウェーの生活はこんな感じ。

山に散歩に行こうと迂闊についていって一寸先は崖みたいな道を平気で通らされて怖かったり、裏山でベリーを摘んでジャムを作ったり、鹿が平原を駆け下りて来てたり、−20℃で樹氷も現れる場所、誰も通ってない深い雪原を贅沢に足跡つけて歩いたり、クリスマスは本当に心が暖かくなる日で、コンサートについて行ったら終演後夜中の2時過ぎまでパーティー終わらなくて早く帰りたいけど一人では帰れない距離で辛かったり、ロージングが上手く描けなくて悩み過ぎて嫌になって工房を飛び出して裏山に逃げたり、カップライク(大会)でスペルマンスラグの一員として参加したり、初めてでた製作のコンペで銅賞頂いたけどめっちゃ悔しかったり、電車旅が楽しかったり、ラジオ、テレビ新聞などメディア出演したり、2年の終わりにご家族からルーセクフテ(ノルウェーのセーター)頂いたり…語り切れないほどの本当に色んな経験をしました。

そうそう、2年近く経つ頃Ottarの奥さんに「最初の頃、僕の事どう思ってた?」って聞いたら「少なからず1年いたいってケイスケが言った時、テーブルの下でOttarの足蹴ってたよ(笑)」って言われた時は笑った…そりゃ見知らぬ日本人が離れとは言え、ずっといるんだもん、落ち着かないよね(笑)

奥さんは子供との関係が一番気になってたみたいで、でも過ごしていくうちに仲良くなって、滞在許可証の関係で6か月ずつ更新だったのですが、結果滞在許可証最長の2年いられました。

正直このご家族なしには2年間は過ごせなかったと思う。本当に感謝してます。


そしていよいよ日本に帰国………の前の数か月からが一番不安だった!!(笑)「あ、ヤバいもうノルウェー生活終わっちゃう…日本に帰ったら自分で工房開かなきゃ…注文は頂いてるけどお金ない…一人でできるのか?不安…どうしよう…帰りたくない!」ってなって吐きそうでした(笑)楽器店に再び就職は考えてなくて、そうなるとハーディングフェーレ作る時間もないだろうしと思ってたので、もう一人で頑張ろうと決心しました。


最初は横浜の5畳もない部屋で楽器を作ってました。狭いながらも結構好きだったな~。そこから家の事情で鎌倉に引っ越しして、今に至ります。

工房歴はこんな感じですが、一時帰国含めて帰国してからも色んな出会いと経験がありました。展示会やハーディングフェーレのイベントでは北は北海道から南は福岡まで、そんなに各地というほど多いわけではないですが、毎年どこかしらでお声がけ頂き行っています。最初の頃はハーディングフェーレを見た事ある方?と尋ねると、1人いれば、おお~と思っていましたが、最近では結構しってる方が増えてきたように感じます。私はそんなにSNSは得意ではないので、特にこの楽器に関しては出来れば生音で体感してほしい気持ちが大きいので、演奏動画は基本載せてないです。地道でも直接お会いして知って頂く方法が一番好きですね。楽器に触れて感動して下さったり、そんなお言葉を頂けるだけでいつも大きな活力になります。


いつもハーディングフェーレの魅力をどう伝えるのが一番いいのか?と悩みます。特にこの独特な音楽の良さは僕も気づくのに時間が掛かったし、それを初めての人に伝わってほしいと思うとどうしても選曲が偏りがちになっていた時期もありました。でもある日音楽に詳しくないけどこの楽器が好きだと言ってくれた方が「ハーディングフェーレの良さが伝わる音楽はやはり伝統音楽だと思いますよ!」と言って頂けてそこから人前で弾く時も、胸張って伝統曲を弾けるようになりました。

少しでも魅力が伝わる様演奏も頑張って行きます。

他にもTokyo Spelemannslagを発足して、イベントなどで皆で演奏したりもしてます。メンバー募集中です♪メンバーの皆さん、いつもありがとうございます!


この仕事を続ける上で最も重要な一つはやはり製作の依頼です。

改めて、今までオーダーして下さった方々には感謝致します。その後再会していない作った子たちは今どうしているだろう?と想っております。オーダーして下さる方々は十人十色で北欧音楽やってる、好きだからという方だけではありませんでした。意外な背景から注文入る事も珍しくないです。

ハーディングフェーレだけじゃなく、共鳴弦付きフィドル/ヴァイオリン、ヴィオラなども作ったりもしました。

それから修理のご依頼も同様ですね。ハーディングフェーレの中古(昔の作品)は特に作りが荒いものが多く、正直どっから直せば…と思う物もばかりです(笑)

日本で使うには特に気候の面で気を遣います。自分で選んで買ったけど、楽器の状態を見てほしいと言われることももちろんありまして、やはりこうした技術はちゃんと学ばないとヴァイオリン職人としてだけの技術では、少なからず私は出来ませんでした。

何かあった時に頼れる存在でありたいと思っています。最初にも言いましたが「日本の奏者の助けになる為」がこの道に進んだ大きな理由でしたから。これからも気軽に頼ってほしいです。大丈夫、なんかあっても直しますからバンバン楽器弾いて下さい♪


もちろんヴァイオリンの方もたくさん修理や音作りを行ってきました。クラシックだけでなく北欧音楽やその他民族音楽などやられる方からの依頼もあり、北欧音楽で言えばそのフィドルの音の雰囲気ってやはりあるもので、同じヴァイオリンでもセットアップの違いで音質をある程度変える事が出来ます。これもノルウェー渡る前は分からなかったなぁと感じます。ハーディングフェーレを学んだからこそ活きた個人的に新しいヴァイオリンの世界が開けました。

日本での8年は毎年こうした事の繰り返しで、同じようで常に学んで気付けばここまで来てたんですね。今でもご依頼頂けることが嬉しくてしょうがないです。もちろんその分のプレッシャーもとてもあります。多分一生変わらない緊張感がここにはあります。おかげで慢心する事もないし良いかなと。なにより喜んで頂けた時はそのストレスもすっかり消えてます。


今後の課題の一つはハーディングフェーレという楽器をいかに始めやすくするかという事が一つあげられます。そもそも楽器が見つからない問題は私も同じです。探せばありますけど、結構慎重です。ヴァイオリンには量産品の手軽に買える楽器が数多くありますが、それも良し悪しはあるものの入り口としてはポジティブに捉えてます。ハーディングフェーレにも中国産の物もあり、試奏した事ももちろんありますが、少なからず試奏して来たいくつかは作りが共通していて、構造上ハーディングフェーレ伝統曲弾くのはかなりしんどい印象があります。そこでここ最近はセミハンドメイドのハーディングフェーレを製作しています。白木のヴァイオリンボディを仕入て自分でネックを作り、セットアップを行う楽器。過去2本作り、現在はレンタル用として活躍しています。ちゃんと伝統曲も弾けるので気に入ってます。もしご興味ありましたらお声がけくださいね♪


長くなりましたが、この10年は大体こんな感じでした。少しでもハーディングフェーレやノルウェーの事が広まってくれる事に貢献できていたら嬉しいですね。今まで順調かと言われるとよく分かりません。常に悩みは尽きないし、大変な事も多いけど、この仕事は飽きず好きだし、これからも色んな人に出会って色んな経験して、粛々と職人生活が送れたら良いなと心から願っています。


ここまで読んでくださった猛者がいらっしゃるか分かりませんが、ありがとうございます!!

今後とも宜しくお願い致します。

ハーディングフェーレ&ヴァイオリン工房K

原圭佑

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